公衆衛生に興味を持ったきっかけは?

渡邉医師(以下、渡邉)私はもともと産婦人科や小児科に興味があり、初期研修中に特定妊婦(貧困、知的・精神的障害、DV や若年妊娠など複雑な事情を抱えているなど、出産前から子どもの養育に支援が必要と自治体で判断された妊婦)についての面談に同席することがありました。公衆衛生の中で母子保健は大きなウエイトを占めており、臨床以外でも興味のある分野に携われると思いました。

宇野医師(以下、宇野)私はもともと食物アレルギーに興味がありました。病院で食物アレルギーに悩む患者さんが来てくれるのを待つのではなく、地域に出向いてもっと多くの人と関わり、クリニックや病院、学校を始めとする様々な関係機関・部署とのつなぎ役として、行政で仕事ができればいいなと思ったのがきっかけです。

 

名古屋市保健所に入庁したきっかけは?

宇野若手の医師が全国の他の市町村型、県型の保健所に比べて多く在籍しているところがきっかけでした。若手医師が多くいれば、行政の世界について 1 からじっくり学ぶことができるのではと思いました。

渡邉もともと父が公務員で、行政にも医師がいるということは知っていました。体力面で自分は臨床で働き続けるのは難しいだろうと考えたときに、生まれ育った名古屋市で公衆衛生医師になろうと思いました。

 

名古屋市公衆衛生医師以外の道は考えましたか?

渡邉卒後3年目で公衆衛生医師になるか、それとも産婦人科に進むかをぎりぎりまで迷っていました。しかし、研修医 1 年目の終わりから新型コロナウイルス感染症のパンデミックが起きたことで、「コロナ禍を経験するなら、今しかない」と思い、研修医 2 年目で採用試験を受けました。

宇野臨床医だけでなく、一般企業への就職なども、3 年目の進路としては考えていました。ただ、医師免許を取った以上、やはり医師として貢献できる仕事がしたいと思い、公衆衛生医師の道を選びました。

 

専門医機構の専攻医とは違う進路を選ぶことに不安はなかったですか?

渡邉研修医の同期の中に専攻医にはならないと公言していた人がいたので、そんなに不安はありませんでした。名古屋市で不採用になった場合は専攻医になろうと思っていました。

宇野専門医を取らないことで自分に寄る辺がないような気がして、不安があったことを覚えています。ただ、社会医学系専門医制度があることを知り、その不安は和らぎました。

 

COVID-19 流行下での入庁でしたが、どうでしたか?

渡邉入庁直後にアルファ株の第 4 波が始まり、その後も何度も大きな波を経験しました。研修医時代にすでにコロナ禍が始まっており、保健センターが忙しいのは覚悟していたということと、ピーク時でも夜は家で寝られたので、当直があったころよりも身体は楽でした。また、新型コロナの対応は誰しも未経験のことだったので、我々新規入庁者の意見・提案もどんどん採用してもらえたのがとてもうれしかったです。

宇野病院に勤務していた時と比べて、保健所の業務はとても長い時間軸で対象者と向き合う仕事が多いと感じています。その違いにギャップを感じてしまう人が多いと聞いていましたが、ちょうどコロナ禍では、臨床医のような仕事もしつつ、保健所の仕事もあり、上手く二つの業務の間をつなげたかなと思います。また、業務過多な時期に入庁したことで、他の職員と関わる機会も多く、職場に早く馴染むことができたことは大きなメリットでした。

 

名古屋市保健所の特徴や強みは?

渡邉ベテランの先生から自分と年齢の近い若手まで、年齢もキャリアも様々な医師が数多く在籍していることです。また、他職種の職員も医師を大事にしてくれているのを実感しています。

宇野名古屋市は政令指定都市であるため保健所を有しており、さらに全 16 区に保健所支所である保健センターを設置しています。そのため、市民に対する身近な保健サービスを提供すると共に、地域の声を直接市の政策に活かすことができる点が強みだと思います。

 

学術研究への教育・支援体制は整っていますか?

渡邉私たちは、名古屋市立大学と名古屋市保健所を基幹施設とする「名古屋市立大学・名古屋市社会医学系専門医研修プログラム」に参加しており、現在、専攻医として 3 年目で、来年専門医試験を受ける予定です。

宇野本プログラムに参加すると、名古屋市立大学の研究員の身分を得て、大学院の講義・セミナーの受講や、大学図書館等の施設利用が可能です。また、学会発表または論文発表が社会医学系専門医を取得する認定基準の一つになっています。まだ新しい制度ではありますが、プログラムを修了した専門医の意見を取り入れながら、より良い教育体制を目指して適宜修正を加えていくとのことです。

渡邉保健所長である小嶋先生は、公衆衛生医師の学術活動を奨励されています。名古屋市の新型コロナウイルス感染症に関するデータなどについても積極的に学術的にまとめていこう、ということで、私も日本公衆衛生学会の学術集会で発表するつもりです。

談笑するお二人

 

宇野先生は区の保健センター、渡邉先生は市役所本庁で勤務されていますが、その違いは?

宇野区保健センターは、基本的に市民の窓口になることが多いです。実際に市民からの声を聞いて、母子保健や精神保健、感染症対策などを行っています。特に、国や県から通達が来たときに、実際その業務を前線で行っていくのが保健センターです。なので、市民から厳しい声をいただくことも多いですが、その分、自分が直接行っている業務が市民のためになっていることを実感する機会は多いと思います。

渡邉私は現在、市役所本庁の新型コロナウイルス感染症対策室で働いており、普段は保健センターや医療機関、他部署や県とやり取りすることが多いです。自分が企画した施策を保健センター等に展開する機会もあり、色々新しいことに挑戦できます。予算や議会、県との調整などの関係で、やりたいことをすべて思い通りにできるわけではありませんが、自分が公共政策に携わっていると実感できるのは本庁の醍醐味だと思います。

 

年の近い若いドクターに一言

宇野自分が入職するときには、公衆衛生医師について調べてみても、なかなか情報が得にくい未知のベールに包まれた仕事だなと思いました。実際には、情報発信ができていないだけで、他の自治体の先生方との横の繋がりも結構あります。ご連絡いただければ、具体的にどのような仕事をしているかなど、ウェブサイトでは伝えきれない部分を詳しくお伝えできると思います。

渡邉「臨床とは異なる働き方をしたい」と思ったときに、一つの選択肢として「公衆衛生医師」があることを皆さんに知ってもらえたらなと思います。興味があってもなかなか実態がよくわからない、と聞くので、この場がお役に立てれば幸いです。